訪日外国人と保険1:保険で守る、留学生の生活

訪日外国人と保険:保険で守る、留学生の生活

※公益財団法人入管協会の広報誌「国際人流」2018.2号に掲載された記事を転載しています。

インタビュー 木内 健太 日本語学校協同組合 事務局長

無保険時代を経て

1980年代の留学生10万人計画を経て、2008年から始まった留学生30万人計画も数字的には目標達成が見えてきました。ここ数年で日本語学校自体の数も急増し、最近では経営母体が教育とは関係のない企業が設立した学校も増えて話題になっています。学生も、かつては大学の国費留学生や大学等への進学を前提とした留学生が多数を占めていて、進学のために日本語を学ぼうとする来日がほとんどでした。近年は、高等教育機関に加え、専門学校・専修学校への進学や日系企業等への就職を目的としたケースなど多様化しています。そういった多様な目的を持った留学生を受け止めているのが現在の日本語学校です。

2012年には日本に3ヵ月以上滞在する外国人は国民健康保険(国保)への加入が義務付けられましたが、1980年代は国保にすら入れませんでした。このため、何の補償もないまま日本に留学、病気にかかったり事故にあって大変な苦労をした留学生と学校の苦い経験があるのです。いまでは留学生を対象とした保険に関する関心と理解が広まりつつあり、取扱い会社も種類も増えてきました。それでも留学生30万人を目指すこの時代に、600校以上ある日本語学校に在学中の留学生で保険に加入している数はまだ5~6割ではないでしょうか。

保険会社と学校のつながり

日本語学校協同組合は、約80校の日本語学校、各種学校、専門学校、大学が加盟、補償制度「留学生プラン」は学校ごとに契約パターンを決めていただき、約14,000人の学生に加入いただいています。公平性を保つために全員加入を原則としています。

日本は「国民皆保険制度」が確立されていますが、先進国では公的保険ではなく民間の保険が中心の制度となっている国もあり、無保険の国民を多く抱える国もあります。また「国民皆保険」とはいうものの留学生など海外から来た人の加入・補償について完全には整備されていないのも実情です。

留学生に限らず、年齢の若い学生本人に保険が必要かと直接聞けば「要らない」という反応となりますが、保護者に保険の説明をすればすぐ入れてくれと加入希望となります。子を思う親心はどこの国でも同じです。あとは、国保に入ればそれでいいということではないので、学生を受入れる学校の理解が必要となります。例えば、アメリカの大学などは留学生が入学・進級手続き時に「保険の加入・更新」を条件としていますが、日本ではそうなっていません。

国保で、留学生の事故の全てをカバーできるわけではありません。国保では賠償責任はカバーされず、自転車による賠償事故は多発しています。また、国保では留学初年度に病気やケガをして高額な治療費がかかった場合、自己負担限度額(高額療養費)判定の所得区分については地方自治体の判断にゆだねられていて、2年目以降より高額な自己負担額となることがほとんどです。学生の所得が明らかに非課税区分であっても、そうならないこともあり、矛盾があります。外国人を受け入れていくのであれば、年金制度も含め公的社会保険制度の更なる改革も必要です。

交通ルール無視による事故の多さ

保険の請求内容では交通事故、中でも自転車の事故は多発しています。死亡事故も毎年のように発生しており、車と自転車の接触事故によって相手側の車の修理費用を支払うというケースは日常茶飯事です。留学生の母国との交通事情の違いもありますが、交通ルールを守らなかったために事故にあったケースがほとんどで、信号無視、一時停止無視などが原因の大半です。 昨年発生した自転車での死亡事故も、深夜のアルバイト帰り、幹線道路交差点での赤信号無視によるものでした。信号を守っていればと悔やまれてなりません。

また、タクシーと留学生の自転車の接触事故のケースでは、組合事務局への第一報が事故から3ヵ月も経ってからで、タクシー会社からタクシー修理代約90万円の学生過失割合分30% の請求が学生に届いたがどうすればよいかということでした。詳しく聞けば学生は学校に報告することなくケガの治療も受けていて、約70万円の治療費が病院で未払い状態となっているということでした。どうして3ヵ月も連絡をくれなかったのかとお聞きすると、学生の母国からはその学生しかいなかったのでコミュニケーションが不足し、ケガをしている様子だったが授業を休むというほどではなかったので学校も分からなかったとのこと。タクシーの修理費については組合の補償で対応し、治療費未払い分は修理代を払う代わりにタクシー会社側の加害者請求で処理するよう交渉し示談となりました。

保険には、死亡補償に加え、学生本人がケガや病気をした場合の傷害・疾病治療費用、相手にケガを負わせた場合の対人賠償や対物賠償に対する個人賠償責任補償、病気で長期入院することになり母国から家族が看病のため来日した場合の救援者費用、といった補償があります。事故やご請求の内容は千差万別で年間約4,000件の請求件数がありますが、もし留学生が保険に入っていなければ、支払い能力を超えてしまい、加害者・被害者双方が「どうしようもない」状態になり、被害者側は泣き寝入りするしかないということになりかねません。

また、死亡事故案件では、アフリカ出身の学生の病気死亡のケースで、死亡補償の請求に必要な公的書類の取り付けを学生の友人に託したところその友人と連絡が取れなくなってしまい、学校としてはお手上げ状態だったのを、組合事務局がその国の駐日大使館と連絡を取り、参事官に書類の取り付けをお願いし、無事お支払いできたということもありました。

今後は、学校の理解が一層進むことを期待し、学生には交通ルールを守って事故にあわないよう気をつけてほしいと思います。病気や事故によって留学生活をあきらめることになっては残念です。留学生30万人時代に向けて、留学生の保険加入者が増え、だれもが日本での留学を安心して過ごせるようになるとよいと願っています。
(インタビュー/構成 国際人流編集室)

<訪日外国人と保険2:ケガした、させた~留学生ヒヤリとした事例>

学生向けのパンフレットは、日本語以外に英語、中国語(簡体字・繁体字)、ベトナム語版がある。

日本語学校協同組合
東京都千代田区九段南2-3-9 サン九段ビル2F
http://www.jlic.or.jp/

木内 健太(きうち・けんた)「にほんごぷらっと」事務局

投稿者プロフィール

「にほんごぷらっと」の運営団体である日本語教育情報プラットフォーム事務局スタッフ。日本語学校協同組合専務理事兼事務局長、木内インターナショナル(株)代表取締役、創業当時の昭和61年から30年以上にわたって留学生の保険に取り組んでいる。

この著者の最新の記事

関連記事

コメントは利用できません。

イベントカレンダー

6月
12
12:00 AM 留学生対象の日本語教師初任者研修... @ オンライン(ZOOM)
留学生対象の日本語教師初任者研修... @ オンライン(ZOOM)
6月 12 2024 @ 12:00 AM – 1月 31 2025 @ 12:00 AM
日振協による文部科学省委託の初任研修が今年も始まります。 告示校で10年程度専任で経験されている方対象です。 OJTで実際の運営に関わりながら研修運営を肌で学んでいただけます。 研修詳細は協会ホームページより、チラシと募集案内をダウンロードしてご確認ください。   「日振協 留学生対象の日本語教師初任者研修」は「オンライン映像講義」「(オンライン)集合研修」「自己研修(自律的学習)」の三位一体の編成により、①自律的・持続的な成長力 ②対話力 ③専門性という3つの資質・能力の育成を目指すもので、忙しい仕事の合間を縫って学べるよう、また地方の教育機関に所属している受講生への負担を減らすため、e-Learningを利用した研修となっています。 2020年度から、この初任者研修と並行して、「育成研修」を併せて実施しています。「育成研修」は初任者研修のサポートを行いながら研修の企画や実施方法を学び、将来全国各地で初任者研修の実施担当者として活躍していただく人材を育成する研修です。具体的には以下のことを目指しています。 ①初任者教員の協働的かつ自律的な学びを支援し、21世紀に活躍できる日本語教師としての資質・能力及びICT活用能力の獲得へと導く ②研修委員に必要な経験と能力を身につける 研修は、フルオンライン(zoom使用)で実施いたします。学内で初任者の指導を任されている方、地方在住でなかなか研修機会に恵まれない方など全国各地からご参加いただきたく存じます。修了生は今後実施委員になっていただく可能性もございます。どうぞ奮ってご応募ください。 チラシ(PDF 裏表2頁/1枚)
6月
29
12:00 AM 留学生に対する日本語教師初任研修 @ オンライン
留学生に対する日本語教師初任研修 @ オンライン
6月 29 2024 @ 12:00 AM – 1月 31 2025 @ 12:00 AM
本研修のカリキュラムは文化審議会国語分科会の「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」に基づいており、初任者が体系的・計画的に日本語指導を行うための実践的能力として (1)自律的・持続的な成長力 (2)対話力 (3)専門性 の3つの資質・能力の養成を狙いとした90単位時間のプログラムです。忙しい仕事の合間を縫って学べるよう、また地方の日本語教育機関の新任の先生方への負担を減らすため、e-Learningを利用した研修となっています。 研修形態はフルオンラインです。昨年度同様、今後日本語教師にますます求められるであろうICT活用能力(オンライン授業やハイブリッド授業の実践等)に重点を置いた研修を行います。 つきましては、ぜひ多数の日本語教師初任者の方にご参加いただきたく下記のとおりご案内いたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。 チラシ(PDF 表裏2頁/1枚)
1月
31
10:00 AM 令和6年度生活指導担当者(初任)研修 @ 国立オリンピック記念青少年総合センター
令和6年度生活指導担当者(初任)研修 @ 国立オリンピック記念青少年総合センター
1月 31 @ 10:00 AM – 5:30 PM
当協会では、日本語教育機関における生活指導担当者の能力向上を図るため、標記研修を実施しております。 今年度におきましても下記により実施しますのでご案内申し上げます。 「認定日本語教育機関に求められる外国人留学生の生活指導支援とは」をテーマに講義とグループワーク及び懇親交流ネットワーク会(任意参加))の三部構成としました。 日頃の業務課題の解決・モチベーションアップに、ぜひご活用ください。 1 日時 令和7年1月31日(金)10:00~17:30 2 会場 国立オリンピック記念青少年総合センター(東京都渋谷区) 3 参加要件 日本語教育機関又は大学等教育機関の現場において、 実際に留学生の生活指導に携わり、原則 3 年以内の者。 4 参加費 維持会員機関 8,800円(税込)/1人当たり その他の教育機関  17,600円(税込)/1人当たり 5 応募締切:令和7年1月10日(金) 6 詳細、申込方法 https://www.nisshinkyo.org/news/detail.php?id=3245&f=news 〔問い合わせ先〕一般財団法人日本語教育振興協会 事業部 小野寺陽子 TEL:03-6380-6557 FAX:03-6380-6587 E-mail: nisshinkyo2@gmail.com
2月
15
10:00 AM 令和6年度 国際化市⺠フォーラム ... @ オンライン(ZOOM)
令和6年度 国際化市⺠フォーラム ... @ オンライン(ZOOM)
2月 15 @ 10:00 AM – 5:00 PM
今年度も国際化市⺠フォーラム in TOKYOを開催します︕ これまで15年以上にわたり例年2⽉に開催しているイベントです。今年度のテーマは「東京がめざす多文化共生、一歩先へ」です。 2024年10月、都内の外国人住民は約70万人、人口の4.9%を超えました。外国につながる人々も含めると、その総数は計り知れません。私たちの身の回りでは、多くの外国人が日本社会の一員として生活し、活躍しています。災害対応や子どもの教育など、在住外国人を取り巻く課題は、日本社会の課題でもあります。今年度の国際化市民フォーラム in TOKYOは、個々のテーマに焦点を当てながら、東京にふさわしい多文化共生の姿について、皆さんと一緒に考えます。 どなたでもお申し込みいただけますので、ぜひご参加ください。 ●開催日時 2025年2月15日(土) 【A分科会】10:00~12:30 【B分科会】14:30~17:00 【C分科会】14:30~16:30 ●開催方法 オンライン(ZOOM) ●定員   各分科会 250名 ●詳細・申込  https://tabunka.tokyo-tsunagari.or.jp/forum/apply.html 締切:2025年2月9日(日) ※定員となり次第、締め切らせていただきます。 ●参加費   無料 ●問い合わせ 公益財団法人東京都つながり創生財団 多文化共生課 メール:forum@tokyo-tsunagari.or.jp TEL:03-6258-1237 ●各分科会内容 【A分科会】 市民が支える多文化コミュニケーション ~コミュニティ通訳の役割と地域市民ができること~ <司会進行> 松井 和久 氏  独立行政法人国際協力機構 東京センター 市民参加協力第一課 <基調講演> 飯田 奈美子 氏 立命館大学衣笠総合研究機構 専門研究員 <パネリスト> 杉田 理恵 氏 (一社) 多文化社会専門職機構 認定事業 相談通訳者認定者 高田 友佳子 氏 特定非営利活動法人 国際活動市民中心 コーディネーター/クリニカルソーシャルワーカー 藤原 紀子 氏  特定非営利活動法人 たちかわ多文化共生センター 登録語学ボランティア 【B分科会】 外国につながる子どもたちが活躍できる東京を目指して ~小中学校の学びが未来を拓く~ <司会進行> 岩野 英子氏、小野 千穂 氏、古川 美由紀 氏 西東京市多文化キッズサロンコーディネーター <事例発表> 青山 弘子 氏  江戸川区立小岩小学校日本語学級 主任教諭 田中 阿貴 氏  港区立六本木中学校日本語学級 主任教諭 中村 夏帆 氏  岩倉市立南部中学校 教諭(日本語担当) 我彦 有希子 氏 八王子市立南大沢小学校日本語学級 主任教諭 【C分科会】 多文化共生と防災 ~災害に備える共助の力~ <司会進行> 源 亮子 氏 独立行政法人国際協力機構 東京センター 市民参加協力第一課 <基調講演> 楊 梓 氏  阪神・淡路大震災記念 人と防災未来センター リサーチフェロー <事例発表> 奥田 裕 氏、長尾 薫 氏 東京都住宅供給公社 公社住宅事業部 公社管理課 柏村 貴也 氏 中野区 総務部 防災危機管理課 田島 実恵 氏 中野区国際交流協会 姜 秀英 氏  中野区外国人防災リーダー 主催:国際交流・協力TOKYO連絡会、公益財団法人東京都つながり創生財団 共催:東京都 後援:独立行政法人国際協力機構(JICA)、一般財団法人自治体国際化協会(CLAIR) ※国際交流・協力TOKYO連絡会とは、都内の国際交流協会や外国人支援団体等が加盟するネットワークで、(公財)東京都つながり創生財団が事務局を務めております。 ◆開催までの企画・運営の様子をまとめた「市民フォーラム準備レポート」もご覧ください。 https://tabunka.tokyo-tsunagari.or.jp/log/shiminforum/ ◆本件は、東京都多文化共生ポータルサイトSNSでも情報発信しております。 ご興味のある方がいらっしゃいましたら、周りの方にもぜひお伝えいただけますと幸いです。 ・X:https://x.com/tmtabunka/status/1876460159977074875 ・Facebook:https://www.facebook.com/tokyo.tabunkaportal/posts/pfbid02sET78zvqcBdiv6QPGGPNUoHs2NB9wGnqcaacfRfDWJZkSVaGz9WRohdcNNfqFGsLl?ref=embed_page

注目の記事

  1. 小説家を目指す日系ペルー人 山田マックス一郎さんが語る夢とは 山田…
  2. 日本の移民問題を外国人ジャーナリストが語る国際ウエビナー オンラインで30日に開催 日本の外国…
  3. 2025年は「分断」を克服し「共生」の道筋を示す年に 2025年は戦後80年だ。昭和100年で…

Facebook

ページ上部へ戻る
多言語 Translate