EPA看護・介護10周年を前にインドネシア人看護師介護福祉士によるシンポジウム―私たちは、彼らの「想い」をどう受け止められるのか ―

EPA(経済連携協定)による外国人の看護師、介護福祉士の受け入れ事業が始まって来年で10年。このテーマの調査や研究に取り組む京都大学文学研究科の安里和晃准教授の研究室が18日、JR京都駅に近いキャンパスプラザ京都で日本インドネシアEPA10周年に向けたシンポジウムを開催した。インドネシア人看護師、介護福祉士がパネリストとコーディネーターを務めるユニークな催しに参加し、彼(彼女)らの現場からの声を耳にした。

EPAによる看護師・介護福祉士候補者の受け入れは、インドネシア人が2008(平成20)年に来日したのが始まり。その後、フィリピン、ベトナムからも受け入れを開始。この3カ国からこの9年間で計約4700人の福祉人材の候補者が来日している。
日本語による国家試験の合格率は、平成29年度で看護師14.5%、介護福祉士49.8%。累積合格者数は看護師266人、介護福祉士506人。ベトナム人はまだ介護福祉士の国家試験を受けていないが、看護師国家試験には30名が合格している。

シンポジウムでは、まずこれまでのEPAの事業の在り方を安里准教授が「総括」。この中で安里准教授は外国人の看護師、介護福祉士育成のための公的な教育支援額が1人あたり250万円かかっていることを指摘した。そのうえで様々な課題を抱えながらも優秀な人材が育っており、「教育コストは社会コストではない」と述べた。安里准教授としては、この事業に一定の評価を与えているに見えた。

その後、男女合わせて9人のインドネシア人看護師、介護福祉士がパネリストとなってシンポジウムを開いた。インドネシア人はEPAの応募資格に自国での看護師資格の取得が条件になっている。その意味ではすでに「福祉のプロ」でありながら、日本の介護施設で働きながら受験勉強をして国家資格を取得した。日ごろから熱心に日本語を勉強しているようで、彼らは相当の日本語能力を持っていた。

永年、異国の福祉現場で頑張ってきた彼らの発言は、今後の外国人介護福祉士の育成に様々な示唆を与えてくれるものだと感じた。祖国で看護師資格を持つ彼らは、介護福祉士としての仕事に抵抗がなかったわけではなさそうだ。現在日本で働いている8人の介護福祉士のうち7人は、日本語能力試験N1を目指して看護師の国家試験の受験を目指すと述べた。


また、日本で生活する中で結婚や子育てなどに関する話も出た。生活者としての彼らの生活環境の整備は、日本社会の責任だ。日本語教育、福祉、雇用などの課題はEPAの枠組みを超え、私たち日本人が受け止めるべき課題ではないのか。今後の外国人受け入れの本気度が問われる問題だと思う。

さらに、将来は祖国のインドネシアに日本の「介護」を伝えていきたい、と意気込むパネリストがいたのも印象的だった。祖国にはまだ「介護」という仕事はないが、将来はインドネシアにも高齢化の波が押し寄せる。それは他の東南アジアの国でも同じだ。インドネシアでは2014年に国民健康保険の制度が始まった。政府として福祉に力を入れているわけで、そうした流れの中で介護の制度も創設される可能性があると指摘する。他の国にはない「介護」が、国際的に誇れる「日本ブランド」であることを教えてくれているようだった。

介護の分野に新たに技能実習制度が導入されることになった。介護の仕事は対人サービスだ。そこで働く外国人にとっては、日本語能力が重要な課題となる。技能実習の受け入れに悲観的な声があちこちから上がっていることも事実だ。

しかし、この日のシンポジウムでは、そんな声は聞かれなかった。むしろ自分の目標をしっかりと見据え、希望をもって自分を励ましながら着実に努力を積み重ねてきた。そのことが彼らの「成功」につながっていることをしっかりと押さえておきたい。彼らの10年近い取り組みが、今後の介護の外国人材育成の土台になることを期待したい。(了)

 

12月4日11時
以下、国家試験合格者数が累積数ではなく単年数となっていたため訂正しました。
【原文】合格者数は看護師65人、介護福祉士104人。
【訂正】累積合格者数は看護師266人、介護福祉士506人。

徳田 淳子(とくだ・あつこ)編集部・ライター

投稿者プロフィール

2011年から2013年までインドネシアにてEPA(経済連携協定)に基づく看護師、介護福祉士候補者に日本語を教える。帰国後、医療系の専門学校で看護師を目指す中国人看護師に日本語支援を行い、2016年からは日本語学校でIT企業に就職を目指すエンジニアを対象とした日本語就職支援と養成講座の授業を担当。にほんごぷらっと編集部員。

この著者の最新の記事

関連記事

コメントは利用できません。

イベントカレンダー

5月
16
5:00 PM 【教員対象オープン講座】中高生の... @ オンライン
【教員対象オープン講座】中高生の... @ オンライン
5月 16 @ 5:00 PM – 6:30 PM
日本語探究に関するレクチャーと「中高生日本語研究コンテスト」についての説明を行います。 次のような方におすすめです! ・「中高生日本語研究コンテスト」に関心をお持ちの中高・特別支援・義務教育学校の先生。 ・探究を担当されていて、生徒に様々なコンテストを紹介している先生(教科不問)。 ・日本語好きな生徒を担当している先生。 講師:田中 牧郎(明治大学)/ 村上 敬一(徳島大学)/ 又吉 里美(岡山大学)/ 岩城 裕之(高知大学) お申し込み:https://forms.gle/x8FvkXyzXAZDpR4n7 コンテスト専用サイト:https://www.junior-jpling.org/
5月
31
1:30 PM 廣池学園創立90周年記念シンポジウ... @ 麗澤大学さつき校舎 大講義室/ラーニングホール
廣池学園創立90周年記念シンポジウ... @ 麗澤大学さつき校舎 大講義室/ラーニングホール
5月 31 @ 1:30 PM – 5:30 PM
廣池学園創立90周年記念シンポジウム 日本語の明日を考える 2025.5.31(土)13時30分~17時30分 麗澤大学さつき校舎 大講義室/ラーニングホール YouTubeライブ中継は こちら 13時20分開始予定 会場参加のお申し込みは こちら 12時30分開場予定
6月
28
終日 第34回小出記念 日本語教育学会 年... @ オンライン
第34回小出記念 日本語教育学会 年... @ オンライン
6月 28 終日
開催日:2025年6月28日(土) ・場所:オンライン(Zoom) ・予定(日本時間): 9:40-10:10 会員総会 10:20-10:30 開会・プログラム説明 10:30-12:20 講演   「対話を通した学習者オートノミーおよびウェルビーイングの促進」 講師:加藤聡子氏(神田外語大学 学習者オートノミー教育研究所 特任准教授) 13:20-16:50 口頭発表 16:55-17:10 総括 ・参加費:会員無料・非会員2000円(発表者以外の参加申し込み方法は5月下旬にお知らせします)

注目の記事

  1. 移民政策の先駆者・故坂中英徳さんを偲んで 第二話 日本型移民政策の提言(下) 元…
  2. 日本語教育機関認定法が成立 施行は来年4月 認定日本語教育機関、国家資格の登録日本語教員が誕…
  3. LSH奨学会名誉会長、辛潤賛さんの叙勲を祝う会 日韓の60人が祝福 2001年にJR新大久保駅…

Facebook

多言語 Translate