「やさしい日本語」には「誤解」という落とし穴 TBSの「ひるおび」のコメントを考える

「やさしい日本語」には「誤解」という落とし穴 TBSの「ひるおび」のコメントを考える

TBSテレビの6月8日の「ひるおび!」で、「やさしい日本語」が取り上げられた。内容は日本語教育学会で発表された「電車のアナウンスの難しさ」からはじまり、防災減災・役所での言葉などへの発展など、「やさしい日本語」のことを3分程度でわかりやすく解説した。

解説で触れられたのは、主に以下のような点である。

  • 「やさしい日本語」は外国人のおもてなしにも大事なことかもしれない。例えば電車のアナウンスは外国人にはわかりくいという指摘がある。
  • 「やさしい日本語」が注目されたのは阪神淡路大震災から
  • 外国人だけでなく、日本人(の高齢者・子供)にとってもやさしい
  • 横浜市では「押印」「開庁日」など行政でよく使う600語を言い換え
  • 外国人観光客にも対応(「紅葉」の説明、「食べてみられますか」→「食べますか」など)
  • 新しいコミュニケーション手法として広がっている

これに対し、落語家でコメンテーターの立川志らくさんが以下のようにコメントした。

震災の時は確かにそうなんですが、他のことはね〜。
お年寄りや子供にと言われると、「紅葉」という言葉を覚えさせたいのに、全部こんな風に説明すると日本人全体がちょっとバカになったような気がします(スタジオ笑)。
やっぱり難しい言葉もやっぱり大事だから。
そりゃ、公共の場所で外国人のためにというのはわかります。
でも日本人のためには、「押印」って何って子供に聞かれたら、「ハンコを押すことだよ」とおしえることも教育だから、全部こうなってくると子供は難しい言葉を覚えなくなってしまう。
外国人のためばっかり考えたりするのがやさしさじゃなくって、こんなこと言っているとものすごい保守の人のみたいになるけど、日本だから、日本人のためのことも、ちょっと考えてほしいですよね。

同じくコメンテーターの溝口紀子さん(柔道女子銀メダリスト)、八代英輝さん(国際弁護士)も同様に、災害の時はわかるが他はいらないのではという趣旨のコメントをした。3人全員が批判的にとらえたということをTBS取材班はどう感じただろうか。

コメンテーターは、そもそも「やさしい日本語」とは何か、ということが十分に理解できていないのではないか。番組全体でも「やさしい日本語」に対する最低限の認識が共有されていないように感じた。阪神大震災をきっかけに弘前大の佐藤和之教授の研究によって災害時の「やさしい日本語」は体系化されてきたが、多文化共生の社会づくりやツーリズムでも有効だということで、「やさしい日本語」の範囲が広がっている。ただ、きちんとした定義や用語の使用方法が決まっているわけではない。

「やさしい日本語」は、言葉がまだ十分にできない外国人への「配慮」「気配り」から使うものだ。私たち日本人が相手の立場に思いをはせることが外国人との共生社会、外国人観光客の「おもてなし」に役立つのではないか。「やさしい日本語」を進める人たちはこんな気持ちを抱いている。

コメンテーターは外国人のために難しい日本語をわざわざ「やさしい日本語」に置き換える必要はないという見解のようだ。災害時にはやむをえないが、それ以外は外国人が日本語を持って勉強すればいいという。「やさしい日本語」の大きな流れや考えを抜きにした誤解に基づく発言だと思う。学校現場で難しい漢字をやさしい言葉に置き換えることを勧めているわけではない。役所でも可能な範囲で「やさしい日本語」を使うだけだ。

そもそも日本政府は言語政策を持たない。このため、来日した日系人の子供たちが日本語を学ぶ機会を得られず、学校現場などで授業についていけないなどの問題が起きている。ようやく国家議員の有志が超党派の日本後教育推進議員連盟を発足させ、近く日本語教育推進基本法(仮称)を制定する見通しだ。議員連盟の勉強会でも「やさしい日本語」が議論され、その精神は法案を盛り込まれる。これは日本人のための法律でもある。

多くの日本人は、外国語学習のことを「英語教育」を通してしか考えられないようだ。 立川志らくさんは「私たちがアメリカ行ったら一生懸命片言の英語使って頑張る」とコメントした。しかし、片言の英語を使って頑張っても、相手が難しい表現や婉曲な表現を使ったりすれば会話は成立しない。という点には気がついていない。英語の能力が十分でない日本人が米国人に「やさしい英語」で話してもらえば助かるだろう。実際、多民族国家の米国の大統領選で「シンプル・イングリッシュ」が重用されたと聞く。

 多くの人にとって英語は点数で優劣を決めるためのものであり、ペラペラになってはじめて評価されるというイメージであろう。この固定観念を変えるのは極めて困難であるが、実際に英語を学んでいる日本人の方が早くこのような考え方から解き放たれるかもしれない。彼らは「第二言語習得」の過程を知っており、同じく「第二言語」として日本語を学習する人の気持ちがよくわかるからだ。

「やさしい日本語」が誤解を招く面があることも事実だろう。福岡の観光関係事業者向けの「やさしい日本語研修会」では、タクシー乗務員が「敬語を減らすとトラブルになるので、必ず敬語を使うように会社から言われています」という声が聞かれた。公共の場で接客するときは、お客様との間だけでなく、周囲の日本人のことも意識するのは必然である。その会社にクレームを入れたりネットで批判したりする人も出てくるだろう。

日本語の普及に関してはこんな動きがある。同じ立川門下の立川こしらさんは、オーストラリアの公立小学校で日本語を学ぶ現地小学生に、日本語で落語を披露している。

http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3391777.html

また、英語落語で有名な桂かい枝さんは2016年、福岡県柳川市で留学生と市民に向けた「やさしい日本語落語」を公演。同様の落語会を昨年島根県出雲市でも開いている。

すでに地域の外国人の子供らのためにボランティアが「やさしい日本語」の日本語教室をあちこちで開いている。外国人との関係をぎくしゃくしたものにしないためにも「やさしい日本語」が必要だからだ。基本法の制定で、日本語本語教育の推進のために官民あげての様々な取り組みが始まろうとしている。TBS番組の「誤解」がそうした熱意や努力に水をかけなければいいのだが。

(吉開章・石原進)

吉開 章(よしかい・あきら)寄稿者

投稿者プロフィール

やさしい日本語ツーリズム研究会事務局長、株式会社電通勤務。2010年日本語教育能力検定試験合格。会員3万人以上の日本語学習者支援コミュニティ「The 日本語 Learning Community(Facebook参照)」主宰。ネットを活用した自律学習者に詳しい。2016年「やさしい日本語ツーリズム」企画を故郷の福岡県柳川市で立ち上げ。論文・講演実績などはこちら(WEB参照)。

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