日本政府は複数国籍容認への法改正を 祖国にアイデンティーを切り捨てられる海外の日本人
日本の国籍法は、日本人にとってもなじみが薄い法律だと思います。自身が移民として外国の国籍を取得したケースや、国際結婚をした親族でも近くにいない限り、国籍法と向き合う機会はほとんどないでしょう。その国籍法が海外で暮らす日本人にとって日本国籍を喪失させ、「祖国への想い」を遠ざける法律であることは、日本国内ではほとんど知られていません。
私はドイツ人と結婚して30年近くドイツで暮らしています。夫は日本に留学経験があり、家庭では日本語でも会話をするので成人した息子たちも流ちょうな日本語を話します。その息子たちが20歳になる前の思春期の頃、ドイツ国籍をとるのか日本国籍を取るのか選択を迫られ思い悩んだ時期がありました。国籍法が第14条で国籍選択制度を規定し、複数の国籍取得を認めていないからです。
また、多くの国が複数の国籍を容認する国籍法に変わり、元の国籍を持ったまま帰化する人や、その国で生まれた外国人の子どもに国籍を付与するようになっています。そうした中、泣く泣く日本国籍を失うことになった人たちをたくさん見てきました。国籍法第11条の帰化の際の国籍自動喪失の条項や、第12条のたった3カ月以内に出席届を出さないと日本国籍を出生時にさかのぼって喪失してしまう、という条項があるためです。
私はフランス在住の仲間とともにこの理不尽な国籍法を改正するよう求め、日本に帰国するたびに国会議員らに陳情活動を続けています。法改正には国会議員の方の幅広い理解が不可欠だからです。
しかし、国会議員の中には私たちの訴えを曲解し、誤解に基づく複数の国籍取得に対する反対論が少なくありません。「国籍法を改正したら近隣諸国から多くの人が日本に住み着いてしまう」「スパイが潜り込んで日本の安全保障が脅かされるかもしれない」「移民国家でないのに移民が増えてしまう」……。
国籍法改正によって複数の国籍が取得できるようになると、外国人の日本国籍の取得が容易になるのでしょうか。これは全くの誤解です。複数の国籍の取得容認と帰化制度とは法的枠組みが別なのです。帰化するには多くの厳格な条件が課せられています。国籍法改正で複数の国籍の取得が可能になったとしても、近隣諸国の外国人の帰化が急増することは考えられません。
ドイツやフランスでは複数の国籍を持つことができ、欧州では何冊かのパスポートを持つ人は珍しくありません。先のサッカーW杯でも複数の国籍を持つ選手が活躍していました。スポーツの世界のグローバル化は急速に進んでいます。「二つの祖国」を持つ選手にもわけへだてなくエールが贈られます。
実はブラジルやフィリピンでは自国の国籍の離脱を認めていません。日系ブラジル人は日本国籍を取得したあとも、ブラジル国籍の離脱ができないのです。このため日本政府は国籍法5条1項5号で帰化する場合は元の国籍の離脱を求めていながらも、国籍法5条2項で出身国の国籍を離脱できないまたは離脱が困難な場合は元の国籍の保持を事実上認めているのです。
外国出身の日本国籍取得者にはそんな配慮をしているのに、海外にいる日本人やその子供らには外国の国籍を取るのなら日本国籍を離脱せよと。何とも冷たい仕打ちではないでしょうか。それは海外の日本人にとって祖国とつながる「アイデンティー」の問題だからこそ、こだわるのです。
海外の日本人とその子弟に複数の国籍を認めることは、おのずから日本人を増やすことにもなります。人口減少時代に数少ない「人口増の政策」の一つが国籍法を改正して、海外に住みその滞在の必要性から外国籍を取得したい日本人に複数の国籍を認めることです。
海外日系人大会が毎年開かれ、その大会宣言に数年間にわたり「複数の国籍取得の容認」を盛り込んでいます。私は仲間と共に2016年に日本記者クラブで記者会見をし、私たちの考えをメディアの方々に話す機会も持ちました。
しかし、残念ながら政府は私たちの訴えに耳を貸そうとしません。業を煮やした欧州在住の日本出身者ら8人が国を相手取り「外国籍をとると日本国籍喪失は違憲だ」として東京地裁に訴えを起こしたと聞きました。司法の判断を待つまでもなく、政府は時代の要請に応え。賢明な判断をするべきです。