日本語能力試験N2合格者こそ、多文化共生を支える「高度人材」

日本語能力試験N2合格者こそ、多文化共生を支える「高度人材」

違う言葉を話す2人がお互い伝わり合うためには、2言語以上話せる人の存在が欠かせない。

その2人のどちらかが相手の言語を少しでも話せれば伝わり合うし、いなければ両言語を話す通訳の力を借りることになる。両言語を話せる人がいなくても、例えば日本人とタイ人では、日本語と英語、英語とタイ語が話せる2人の通訳がいれば話が通じる。いろんな言語の母語話者がいる社会において、母語以外に言語を(多少でも)話せるということは極めて付加価値が高いスキルだと言える。

日本語能力試験(JLPT)のN2レベルの日本語能力は、日本語を十分駆使できるというものではない。日本の大学への留学もN1を求められることが多く、N1合格を求める企業も少なくない。しかしながら、N2レベルの外国人を「2言語を使える」人材と見てみたらどうであろう。

政府の「骨太の方針2018」により外国人受け入れの方向が加速化された。骨太はこれら外国人の日本語能力水準について「日本語能力試験N4相当(ある程度日常会話ができる)を原則としつつ、受入れ業種ごとに業務上必要な日本語能力水準を考慮して定める」としている。このような日本語スキルの外国人が増えた場合、その職場に同じ国出身でN2水準の人材がいれば、彼らを通じ、必要に応じて細かいコミュニケーションを行うことができるのではないか。

2010年、JLPTは旧2級と旧3級の間に新レベルを新設しそれまでの4段階を5段階にした(主催者説明文参照)。旧2級(現N2相当)と旧3級のレベル差が大きかったというのが主な理由である。このように、旧2級相当であるN2に達したものは、学習者として一皮向けた存在と言える。

N1とN2の違いの説明は、公式ページによると以下のようになっている。両社の違いをはっきりさせるため、青はN1にのみある表現、赤はN2にのみある表現にした。

(読む)

N1

  • 幅広い話題について書かれた新聞の論説、評論など、論理的にやや複雑な文章や抽象度の高い文章などを読んで、文章の構成や内容を理解することができる。
  • さまざまな話題の内容に深みのある読み物を読んで、話の流れや詳細な表現意図を理解することができる。

N2

  • 幅広い話題について書かれた新聞や雑誌の記事・解説、平易な評論など、論旨が明快な文章を読んで文章の内容を理解することができる。
  • 一般的な話題に関する読み物を読んで、話の流れや表現意図を理解することができる。

(聞く)

N1

  • 幅広い場面において自然なスピードの、まとまりのある会話やニュース、講義を聞いて、話の流れや内容、登場人物の関係や内容の論理構成などを詳細に理解したり、要旨を把握したりすることができる。

N2

  • 日常的な場面に加えて幅広い場面で、自然に近いスピードの、まとまりのある会話やニュースを聞いて、話の流れや内容、登場人物の関係を理解したり、要旨を把握したりすることができる。

N2の水準を日本人に求められる英語に当てはめれば、英語を共通語とする会社や組織を下支えするには十分な要件だと言えよう。そのような人材がN2合格者であるとイメージしやすいのではないか。「N2では足りない」という日本人には、自分がどの程度の英語や外国語のスキルをもっているのか問いたい。

N1とN2の差を見れば、業務命令や書類のどのような部分を変えればいいのかがよくわかる。

  • 論理的にやや複雑な文章や抽象度の高い文章は使わない(要旨を明快に)
  • 内容の深みや詳細な表現意図を問わない(文脈に依存したことを言わない)
  • 日常的な場面で使うことを中心とする(職場や生活で使う内容を優先する)

これらは「やさしい日本語」の基本の心構えに他ならない。伝える日本人側がこれらを心がければ、N2合格者なら内容のかなりの部分を理解できる。

「やさしい日本語」は、JLPT旧3級(N3〜N4以下)の文法や語彙を使うことが大まかな基準となっているが、実際は日本人が語彙をやさしく言い換えるようになるにはかなりの訓練と慣れが必要である。しかしながらN2の合格者は日本人が「やさしい日本語」の話し方に慣れていく過程で真っ先に内容を理解し、初心者への橋渡しをしてくれるだろう。さらに彼らは日本人のどんな表現がわかりにくいかをフィードバックできる「やさしい日本語アドバイザー」ともいえる存在になるかもしれない。

現実的にN2からN1の壁は大きく、特に非漢字圏の学習者がN1に達するのは容易ではない。しかし現在企業や地域社会を支える人材に求められるスキルは、N1に合格し、「講義を聞いて理解する」のようなレベルなのだろうか。

職場も地域社会も2言語を話せる人材がいなければ、多文化環境を推進できない。N2をもっているブラジル人・ペルー人・ベトナム人・インドネシア人などは、それだけで貴重な「高度人材」とみなしていくべきであろう。

 

吉開 章

吉開 章(よしかい・あきら)寄稿者

投稿者プロフィール

やさしい日本語ツーリズム研究会事務局長、株式会社電通勤務。2010年日本語教育能力検定試験合格。会員3万人以上の日本語学習者支援コミュニティ「The 日本語 Learning Community(Facebook参照)」主宰。ネットを活用した自律学習者に詳しい。2016年「やさしい日本語ツーリズム」企画を故郷の福岡県柳川市で立ち上げ。論文・講演実績などはこちら(WEB参照)。

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留学生対象の日本語教師初任者研修... @ オンライン(ZOOM)
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日振協による文部科学省委託の初任研修が今年も始まります。 告示校で10年程度専任で経験されている方対象です。 OJTで実際の運営に関わりながら研修運営を肌で学んでいただけます。 研修詳細は協会ホームページより、チラシと募集案内をダウンロードしてご確認ください。   「日振協 留学生対象の日本語教師初任者研修」は「オンライン映像講義」「(オンライン)集合研修」「自己研修(自律的学習)」の三位一体の編成により、①自律的・持続的な成長力 ②対話力 ③専門性という3つの資質・能力の育成を目指すもので、忙しい仕事の合間を縫って学べるよう、また地方の教育機関に所属している受講生への負担を減らすため、e-Learningを利用した研修となっています。 2020年度から、この初任者研修と並行して、「育成研修」を併せて実施しています。「育成研修」は初任者研修のサポートを行いながら研修の企画や実施方法を学び、将来全国各地で初任者研修の実施担当者として活躍していただく人材を育成する研修です。具体的には以下のことを目指しています。 ①初任者教員の協働的かつ自律的な学びを支援し、21世紀に活躍できる日本語教師としての資質・能力及びICT活用能力の獲得へと導く ②研修委員に必要な経験と能力を身につける 研修は、フルオンライン(zoom使用)で実施いたします。学内で初任者の指導を任されている方、地方在住でなかなか研修機会に恵まれない方など全国各地からご参加いただきたく存じます。修了生は今後実施委員になっていただく可能性もございます。どうぞ奮ってご応募ください。 チラシ(PDF 裏表2頁/1枚)
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本研修のカリキュラムは文化審議会国語分科会の「日本語教育人材の養成・研修の在り方について(報告)」に基づいており、初任者が体系的・計画的に日本語指導を行うための実践的能力として (1)自律的・持続的な成長力 (2)対話力 (3)専門性 の3つの資質・能力の養成を狙いとした90単位時間のプログラムです。忙しい仕事の合間を縫って学べるよう、また地方の日本語教育機関の新任の先生方への負担を減らすため、e-Learningを利用した研修となっています。 研修形態はフルオンラインです。昨年度同様、今後日本語教師にますます求められるであろうICT活用能力(オンライン授業やハイブリッド授業の実践等)に重点を置いた研修を行います。 つきましては、ぜひ多数の日本語教師初任者の方にご参加いただきたく下記のとおりご案内いたします。どうぞよろしくお願い申し上げます。 チラシ(PDF 表裏2頁/1枚)
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教室内談話: 学習者間相互交流とL... @ オンライン(ZOOM)
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※この講座の内容は2022年実施分に準じます。 教室内談話: 学習者間相互交流とL2学習を考える 学習者同士が互いに話し合う活動は、近年の外国語(L2) 教室には不可欠です。また、学習者同士 が学習言語で対話する活動の意義やL2 習得における効果は、外国語教育において興味深いトピッ クの1 つです。本講義では第二言語習得理論を適宜参照しながら、外国語教室で行われる学習者同 士の対話の意義や先行研究で明らかになっている効能、より効果的な実践法や課題と展望について 考察を深めます。 【全4回】 日程: 第1回:2024年11月22日(金)19:00-20:30 第2回:2024年11月29日(金)19:00-20:30 第3回:2024年12月6日(金)19:00-20:30 第4回:2024年12月13日(金)19:00-20:30 内容: 第1回:「学習者同士のL2 対話」と第二言語習得理論 第2回:「学習者同士のL2 対話」と第二言語学習 第3回:「学習者同士のL2 対話」と教師 第4回:「学習者同士のL2 対話」とこれからのL2 指導 【受講料】9,000円(税込)※1講座のみお申込み:2,500 円(税込)
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ビジネス日本語研究会 第38回 研究... @ オンライン(ZOOM)
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テーマ:ビジネス日本語における「チームワーク」を考える 現在、外国人材を取り巻く環境が大きく変わろうとしています。日本で働く外国人労働者の増加、人材育成と人材確保を目的とする育成就労制度の創設などにより、インクルーシブな職場づくりの重要性が増しています。そこで、第38回ビジネス日本語研究会では、「チームワーク」をテーマとします。経済産業省が提唱した「社会人基礎力」のひとつである「チームで働く力」を、インクルーシブな職場ではどのように考えるのか、日本企業で採用に関わる方々のお話も伺いながら、「チームワーク」について、様々な視点から考えます。当日は多くの方にご参加いただき、活発な議論、意見交換が行われることを期待しています。 また、併せて研究発表を実施いたします。

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