日本語学校の「サムライ先生」奮闘記 多文化共生社会を支える日本語教師だ
日本語学校の「サムライ先生」奮闘記 多文化共生社会を支える日本語教師だ
「日本語学校」といえば、「悪質学校」としてメディアに取り上げられるケースが多く、ともすれば「よからぬイメージ」が付きまとう。だが、その教育現場の実情については、ほとんど知られていないのではないか。そうした中で、現役の日本語教師が日本語学校の現場の状況をリアルに綴った本を出版した。「サムライ先生、日本語を教える―あなたの知らない日本語学校」(並木書房)がそれだ。
著者は山下知緒(ともお)さん。日本語教師であるとともに、手裏剣や柔術を駆使する武道家だ。熱い思いで留学生と対峙する「熱血先生」である。そんな意味合いを込めてタイトルに「サムライ先生」とうたっているようだ。
山下さんだけが実名で、山下さんが教鞭をとる「西丘日本語学園」をはじめ、同僚の教員や教え子の学生はいずれも仮名だ。この学校も実名を出せないのは、それなりの理由があるからだ。日本語学校のレベルをA~Dにランク付けをするとしたら、恐らく最低レベルのDランクだろう。
40代半ばの武術マニアの山下さんが転職した日本語学校は「出勤直後に教員が一斉退職する問題だらけの日本語学校だった。残されたのは教員未経験の著者と在校生25人。さらに翌月には40人ほどの新入生が入ってくる……」と本書の表紙で紹介している。このことからも、「西丘日本語学園」のレベルがわかるはずだ。
一方、サムライ先生は日本語の学習にほとんど関心を持とうとしない学生を叱咤し、病気になった学生病院に連れていく。在留カードを友人に悪用され、途方に暮れる学生に救いの手を差し伸べようとしない学校の事務長に怒りをぶつけ、罵詈雑言を浴びせる。そうした熱い思いがサムライ先生と留学生の距離を近づけていくのだが、結局は「西丘日本語学園」を退職せざるを得ない状況に追い込まれる。
私の個人的な体験を少しだけ書いておきたい。起業家として日本で成功した元留学生の中国人は、日本語学校時代の先生と30年も続けている同窓会の話を嬉しそうに聞かせてくれた。その起業家は「お金もなくて苦労した時に助けてくれたのは先生だった。その先生と会うのを楽しみにしている」としみじみと語っていた。
日本語教師を経験したあと、日本語学校関係の情報誌を発刊した知人(故人)は「日本語教師が海外に行くと、教え子が集まって同窓会を開いてくれます。大学の先生が海外で同窓会を開いてもらったという話を聞いたことはない」と語っていた。実際、彼に誘われて韓国に行った時、ホテルの予約をしてくれ、夕食をご馳走してくれたのは彼の教え子だった。
山下さんは著書の「終わりに」の中で、「たった1人でもいい。外国人とリアルに付き合って見れば、想定外のギャップに仰天すると同時に、彼らが自分と変わらない人間であることを感じ入るだろう」と書いている。外国人の支援団体の人たちからも、同じような話を聞いたことがある。
政府は2018年12月の入管法改正で外国人受入れに本格的に舵を切った。その流れで政府としても「多文化共生社会」を目指し、「異文化交流」の重要性を指摘するようになったが、その一方で留学生受け入れの「悪質な仲介業者」の排除や悪質な日本語教育機関を批判の標的にしている。
「サムライ先生」が籍を置いた「西丘日本語学園」が出入国在留管
日本語学校を卒業した元留学生が公立大学の学長になった例や、母国に帰国後に外交官となり駐日大使として日本に滞在したとの話を聞いた。日本語学校もいろいろあり、留学生も国籍や個人的な性格が異なれば十人十色だろう。「サムライ先生」が様々な顔を持つ日本語学校への理解を深める一助になるよう期待したい。
石原 進