「AI」(人口知能)や「DX」(デジタル革命)といった言葉を最近、よく耳にするようになった。政府はデジタル庁を発足させ、IT時代の様々な動きが大きなうねりを見せている。そうした中で、自動翻訳によって「言葉の壁」に挑戦する事業が展開されている。大手電機メーカーのコニカミノルタ株式会社が開発した多言語通訳ソリューションだ。医療機関向け「MELON(メロン)」と行政機関向け「KOTOBAL(コトバル)」に展開しているもので、セサルさんらランゲージワン株式会社の多言語通訳のスタッフがサポートしている。
コロナウイルスの地球規模の感染拡大によって、人の動きにストップがかかった。多くの人の命も失われた。ビジネス活動も止まり、世界経済が停滞した。その一方でコミュニケーション手段としてオンラインが脚光を浴びた。Zoomなどを活用し、ビジネスや国際会議などもインターネットで行われるようになった。
こうしたIT技術の急速な進化は、コミュニケーションの在り方にも大きな変化を与えている。2025年の大阪・関西万国博覧会では、AIの同時通訳で国際会議を開く計画を進められている。従来の通訳、翻訳は姿を変える可能性がある。新聞やテレビなどマスコミを代表するメディアも、AIの翻訳通訳を活用することで容易に海を越えて情報を発信できる時代が遠からず来るかもしれない。
ただし、AIの通訳には限界があり、医療現場などでは通訳者の存在が欠かせない。IT技術とヒューマンパワーの「二刀流」が求められている。これを実現したのがコニカミノルタの多言語通訳ソリューションであり、それは新規事業研究開発部門のBIC-Japanで開発されている。BIC-Japanは「Business Innovation Center Japan」の略語。BIC-Japanの川﨑健さんと小笠原堂裕さんにセサルさんがマイクを向けた。
(にほんごぷらっと編集長・石原進)
【第5回】コニカミノルタ IT技術の進化は「言葉を壁」を乗り越えるか
セサル: 本日お時間いただき、ありがとうございます。早速ではございますが、川﨑さんと小笠原さんのご所属であるコニカミノルタとBIC-Japanについて教えてください。
川﨑さん: コニカミノルタは、複合機を主力事業としたオフィスサービス分野、超音波診断装置やデジタルラジオグラフィーといったヘルスケア分野、ガス監視ソリューションといった産業用光学システム分野を主な事業領域としております。1873年創業時は、カメラと写真用フィルムで事業をスタートした会社ですが、フォト事業とカメラ事業は2006年に撤退し他社へ事業譲渡しています。このように時代と共に取り組む事業を変化させてきた当社ですが、2014年には新規事業創出を目的とした研究開発部門としてBIC-Japanが新設されました。BIC-Japanでは、コニカミノルタの強みである材料・光学・画像といったコア技術に固執せず、顧客起点でスピーディーに新規事業を起こしていくことをミッションとしております。BICは世界に4拠点設置され、地域の市場・顧客に密着したプロジェクトを展開しております。
セサル: 世界4拠点とはどのような地域でしょうか。
川﨑さん: 米国、欧州、アジア(シンガポール)と私が所属する日本になります。
セサル: その考えは面白いですね。各地域に違った考え方、価値観の人々がいるので、それぞれの地域でそれぞれのニーズに合わせたソリューションを開発されているわけですね。
川﨑さん: そのとおりです。国が違えば文化や価値観が異なり、ニーズも異なります。顧客起点のソリューション開発に取り組むためには、それぞれの国や地域の顧客を知ることから始まります。そのため、BICのメンバーも多様性に富んでおり、コニカミノルタのプロパーではなく中途採用による社外人財の登用がベースとなっています。私自身も前職は大学教職員として病院経営の調査分析を行っていましたし、小笠原も大手電機メーカーにて液晶テレビの企画を担当するなど、当社の強みとは異なる分野のキャリア人財が集まっています。それぞれ異なるバックボーンを持つ人財が集まることで、当社の既存顧客の目線に寄りすぎず、対象とする顧客起点に立ったソリューション開発に着手していくのがBICの方針です。このようなBICの取り組みの1つとして、2016年11月にMELONが開発されリリースされました。MELONは、タブレットやスマートフォンにインストールして利用できる医療機関向け多言語通訳アプリであり、AIが通訳を行う「機械通訳」とヒトが遠隔で通訳を行う「ビデオ通訳」を提供しております。利用者様ご自身で端末をご用意いただける場合はアプリ利用料のみを頂戴し、端末のご用意が難しい場合は当社にてタブレットごとのご提供も可能です。医療機関様以外の皆様からもたくさんのお問い合わせをいただいたことがきっかけで、2020年7月に行政機関向けの「KOTOBAL」もリリースいたしました。MELONと異なり、行政用語に対応した機械通訳を搭載しております。
セサル: MELONは医療業界をターゲットにしたソリューションだと思いますが、他にターゲットとなりうる分野はありますか。
川﨑さん: BIC-Japanの新規事業開発では、注力する分野としてグローバルコミュニケーション、ライフサイエンス、インダストリアルセンシングの3つを定めています。MELONとKOTOBALはグローバルコミュニケーションに該当し、日本国内における在留外国人との多文化共生をキーワードに活動しています。
セサル: その考えを基に質問させていただきます。どのような発想からMELONとKOTOBALが生まれたのでしょうか。
川﨑さん: 日本での在留外国人増加のニュースを目にすることがあり、外国人が日本の病院でどのように医療を受けられるのか。ふとした疑問からMELONの取り組みがスタートすることになりました。そのメンバーは国内の医療について詳しい知識や経験はなかったのですが、だからこそ顧客起点に立つことになり、MELONを開発することになりました。
セサル: すごくシンプルな発想ですが、在留外国人として、医療通訳者として、そう思っていただけるだけで嬉しいです。また、その方も知らない分野のプールに飛び込む勇気がすごいですね。小心者の私では難しいです(笑)。
川﨑さん: MELONを思い付いてから約1年半でMELONがリリースされることになりました。
セサル: その1年半の間はどのようなことがあって、商品化になったのでしょうか。
川﨑さん: 社内の技術を前提とせず、ベンチャー、大学、政府機関など社外の様々な分野のプロフェッショナルと協業するオープンイノベーションを実践しました。社内外連携によるアジャイルな事業開発を行ったことが、結果としてスピード感をもった新規事業の推進につながったと思います。
セサル: MELONの利用実績について教えていただけますか。
川﨑さん: 全国の医療機関に導入されており、北海道から沖縄まで200以上の病院でご利用いただいております。都内ですと東京医科歯科大学病院様や慶應義塾大学病院様、東京慈恵会医科大学附属病院様などでご活用いただいております。そのほか、省庁や保健所、コロナワクチン接種会場などでもご利用いただいております。
セサル: 今後の展開についても教えていただけますでしょうか。
川﨑さん: 現在は大学病院や救急病院のユーザー様の割合が高いのですが、中小規模病院やクリニック、診療所への展開も予定しています。在留外国人のみなさんが日本語を理解できなくても、日本人と同じように医療を受けられるよう、微力ながらお手伝いできたらと願っております。
セサル: それでは、MELONの弟分にあたるKOTOBALについて質問させてください。KOTOBALはどのように生まれたのでしょうか。
小笠原さん: MELONが医療現場に利用され始めたことで、他にニーズがないかを探していたところ、某自治体の担当者からMELONを自治体で使ってみたいと声をいただいたので、初めて医療現場ではないところにMELONの端末を貸し出しましたら、気に入っていただいて、MELONを導入することになったのですが、自動翻訳の部分で行政用語に適していないことが分かりましたので、MELONに行政用語を登録するより、別のアプリケーションを作成して行政専門にしようと考えました。
セサル: 行政に導入する場合と医療現場に導入する場合の入り方が異なると思いますがいかがでしょうか。
小笠原さん: そうです。医療の場合は各病院で決済権がありますので、商品が良ければ導入できるのですが、行政の場合は国民の税金からお代金いただく形となりますので、基本的には入札になります。
セサル: 入札には「一般競争入札」「指名競争入札」「提案型入札」等があると認識していますが、どちらが多いでしょうか。
小笠原さん: 残念ながら一般競争入札が多いです。残念というのは、いいものを作ろうと思ったら労力と費用はかかりますので、最低価格の商品を決める一般競争入札になってしまえばよいものを提供ができなくなるからです。
セサル: 通訳者、翻訳者としてよくわかります。求められた通訳の品質より高いものを提供しても意味がないし、通訳者としてのモチベーションも上がりません。もう一つ質問です。KOTOBALと他の翻訳機、無償の翻訳システムとの違いを教えてください。
小笠原さん: 実は自治体の方々に最も聞かれる質問です。例えば、インターネットにあるような翻訳ページは一般的な単語の翻訳はできますが、行政独特の翻訳ができません。セキュリティについても違いが大きいです。MELONもKOTOBALも当社の高いセキュリティのシステムを利用しているので、情報漏洩にとても気を使っていますし、翻訳の精度もできるだけ利用者が使いやすいものにしています。例えば、行政の方々が主に使う言葉を翻訳して翻訳エンジンに登録しています。そうすると、その単語をかみ砕いて入れる必要はなく、いつも利用している言葉をそのままで翻訳されることを心がけています。また、同じ内容の案内を繰り返して入れなくても定型文を作り、選択することで必要時に利用できることで業務の効率化を図っています。それも、機械翻訳では心配となり、込み入った話しの場合は通訳者を呼び出して、プロの通訳者を介して外国人住民に伝えたい内容を伝えられるようにしています。
セサル: 機械通訳とプロの通訳者による通訳の二つのサービスから成り立ているということですね。
小笠原さん: そうです。他には多言語ではないですが、手話通訳も導入していますし、難聴の方々ともコミュニケーションを図れる音声筆談機能を搭載しています。始まりは確かに多言語でしたが、契約いただければいただくほどそれぞれの自治体様でのニーズがわかるようになりますので、KOTOBALは常に進化していると思ってください。
セサル: 人が行う通訳の仕事がAI翻訳に代えられる未来は遠くない感じがしますね。
小笠原さん: いや、場合によります。要するに簡単な会話についてはAI翻訳で十分対応できるようになります。それは間違いないです。ただし、人の命、人生に係るような場面ではやはりプロの通訳者が対応したほうが安心はあります。通訳サービスを利用する側の安心感があるからこそ人とAIの通訳サービスの人気が上がっています。
セサル: 最後に費用的は質問です。いくらですか。一般の人も購入可能ですか。
小笠原さん: 残念ながら一般の方への販売は行っておりません。基本的には法人向けの商品になります。費用につきまして、一言で言えません。というのはお客様によって、ご希望される言語、時間、予算がことなりますので、それぞれのお客様に合わせてコンサルティングさせていただいて見積しております。
【セサルのひと言】
私は医療通訳の分野において、長年対応させていただいている方だと思います。来日して間もない時に弟が交通事故に遭い、その時に救急隊の方々、病院の方々と私の両親との間で通訳をしたことが始まりでした。
後に両親、親戚、友達、最終的には知らない人たちの付き添いで病院に通訳者として同行したことが数多くありました。当時は今と違ってスマートフォンがない時代でしたので、わからない単語、用語が会話の中に出たときは、電子辞書を使っていました。最初はポケットサイズの辞書を使っていましたが、現場で検索するには向いていなかった。高校生の時にアルバイト代でCASIOの電子辞書を買った記憶があります。知りたい言葉を打つとすぐに対訳が表示され、感動した記憶もあります。その後、病院での通訳を重ねることによって、自己流の通訳方法を磨き始めて、なるべく現場で辞書を使わずに医療従事者に医療用語をかみ砕いて説明をいただくやり方に代わりましたが、待合室ではわからない単語を電子辞書で調べていました。東京で電話通訳をやり始め、相手の表情、視線、しぐさが見えなくなったので、聴覚に頼らなければならなくなりました。何事もそうですが、数をこなせば、慣れます。
この5、6年間で遠隔にいる通訳者の顔が見える映像通訳システムが普及しています。多数の病院でも利用されている医療通訳アプリケーション「MELON」と、ここ数年で複数の自治体で利用されている行政用アプリケーション「KOTOBAL」の話をいろいろうかがい、IT技術の進化が多文化共生の社会づくりに役立っていることがよくわかりました。
MELONについて:
https://www.konicaminolta.jp/melon/
KOTOBALについて: