信濃毎日の「五色のメビウス」を読んで 地域メディアがけん引する多文化社会
信濃毎日の「五色のメビウス」を読んで 地域メディアがけん引する多文化社会
長野県の地方新聞、信濃毎日新聞社が、連載キャンペーン「五色のメビウス」を単行本として明石書店から出版した。その問題意識は、外国人労働者と「ともにはたらき、ともにいきるため」にはどうすべきか。記者は「外国人の側」に一歩も二歩も踏み込んで取材した。新聞社として総力を挙げて「多文化共生」を問うた。地元メディアが多様な社会をつくるため、課題や問題点を掘り下げた意味は大きい。
信濃毎日といえば、戦時中、軍国主義と闘った桐生悠々ら骨太の言論人を輩出したことで知られる。歴史と伝統のある新聞社だ。長野県内の在留外国人は3万5777人(2020年末)。それほど多いわけではない。それでも外国人労働者は2万714人で、10年間で1.8倍に増えた。信濃毎日は1991年に外国人労働者問題に焦点を当てた連載「扉を開けて」を掲載している。地域の人口減少や共生社会の実現にしっかりとした問題意識を持った新聞社だ。
「五色のメビウス」は、2021年1月4日から6月30日まで新聞に連載した企画記事に特集や提言を加え再構成した。メリハリのある取材活動、データもそろえた丁寧な誌面作り。在留外国人や自治体アンケートも独自に行い、地元の多文化共生社会の在り方を多角的に分析した。さらには、将来に向けての具体的な提言も掲載。共生社会に向けてアクセルを踏み込んだ意欲的なキャンペーンだ。
タイトルの「五色(いつついろ)」は5大陸、「メビウス」は細長い長方形の帯を半回転して形状の図形の名前に由来する。裏が表に、表が裏になって連なるメビウスに、外国人を思いやる心が巡りまわって自分たちのためにもなる。そんな願いを込めたという。凝ったタイトルを付けただけではない。内容も充実している。各方面から高い評価を得たのもうなずける。日本ジャーナリスト会議(JCJ)から大賞に選ばれ、新聞労連ジャーナリズム大賞優秀賞も受賞した。
長野県はレタスなど高原野菜の産地として知られる。外国人技能実習をはじめ、特定技能、留学生、日系人などが欠くことができない労働力として活躍している。連載企画では、外国人花嫁、非正規滞在、入管問題と幅広い分野を丁寧に取材した。記者が外国人の目線で実情を直視し、随所で外国人の側からメッセージを伝えている点が好感を持てる。
手間ひまかけて在留外国人と自治体にアンケートを行ったことにも注目したい。県内の在留外国人の意識を探り、長野県内の77の市町村と外国人が集住する全国35の市町村に取り組みの実態を浮き彫りにした。ことは、課題や問題点をより具体化し、普遍的な意味を持たせた。
例えば、多文化共生推進や外国人支援の選任部署を設置している長野県内の市町村は松本、上田、飯田、佐久の4市(6%)に過ぎない。全国の外国人集住市町村は66%が選任部署や選任職員を置いていた。大きな開きがあることを明らかにした。
幅広い取材のデータをもとに、「日本政府へ10の提言」をまとめた点も、意欲的な取り組みとして評価できる。提言には、技能実習生の受け入れに関して「悪質な仲介業者排除へ 公的機関が受け入れの主体に」▽技能実習生の「転職を柔軟に認め、地方と都市の賃金格差是正を▽外国人に「必要な情報を届け権利や制度を使いやすく」▽「日本語教育への支援充実を」——などを盛り込んだ。
地方新聞では、西日本新聞社が2016年から17年にかけて「新 移民時代」というタイトルで長期連載の企画記事を掲載。やはり単行本にまとめ、早稲田ジャーナリズム大賞を受賞した。私たちが「にほんごぷらっと」を始めた時期と重なった。たまたま東京に来た取材班の記者と知りあい、ひんぱんに意見交換を行った。「にほんごぷらっと」には、取材班がメールで送ってくれた「新 移民時代」の記事を数多く転載した。
連載は外国人留学生の「出稼ぎ実態」を明らかにするとともに、背景にある深刻な労働慮不足の実態をとらえた。政府の外国人受け入れの仕組みに不備があることを明快に提起した。取材班のキャップの話によると、「新 移民時代」は当時の菅義偉官房長官の目にとまり、菅氏は関係省庁の担当者に一読するよう指示。さらに菅氏は省庁担当者の勉強会の講師として取材班キャップを呼んだ。菅氏が主導する形で安倍政権は2018年12月に新たな在留資格として特定技能を創設するため入管法を改正し、併せて「外国人受け入れ・共生のための総合的対応策」を閣議決定した。政府の法整備の準備過程で「新 移民時代」が活用された。
有力な地方新聞は地域社会に大きな影響力を持っている。「五色のメビウス」や「新 移民時代」が地元の自治体や住民に刺激を与え、施策推進や世論形成に大きな力になったと推察される。様々な情報やメッセージの発信が「ともに生きる」の多文化社会の先導役となったとしたら、ジャーナリズムにとって本望であろう。
にほんごぷらっと編集長 石原 進