「やさしい日本語」で外国人の労災を防げ 厚労省が「手引き」作成
厚生労働省はこのほど、「外国人労働者安全衛生管理の手引き」を刊行した。外国人労働者の労働災害が急増しているため、その防止策などをまとめた。弱い立場の外国人労働者の安全を確保するため厚労省は通達などで注意を喚起しているが、今回の「手引き」では具体的な対応策をわかりやすく列挙。労災防止の観点からのコミュニケーションを向上させるために「やさしい日本語」の活用を提唱している。
「手引き」を作成したのは、厚生労働省から事業を委託された公益社団法人「東京労働基準協会連合会」。同連合会は労働安全に係る各種データーや資料を収集し、労働安全コンサルタントの田中通洋氏を座長に中央労働災害防止協会や労働安全衛生総合研究所、外国人技能実習機構の担当者や日本語教育の専門家など9人の有識者検討委員が様々な角度から「安全衛生」の在り方を検討。日本語教育の専門家として岩田一成聖心女子大教授が参加した。冊子にまとめた「手引き」は約200ページ。
「手引き」は、「はじめに」で外国人労働者を雇用する際の課題として「コミュニケーション不足」と「技能の未熟練」を指摘。そのうえで「コミュニケーションがうまく図れない要因は、外国人労働者が日本語に未習熟であることにとどまらず、むしろ雇用する側に日本語が未習熟な外国人労働へのアプローチの仕方、文化の違いに対する理解が不足していることともに、未熟練な外国人労働者に対する教育手法・体制が未整備であることも一因となっていることが考えられる」と分析する。外国人同労者を雇用する側により強く問題意識を持つように促す内容だ。
労働災害の発生状況と発生要因を第1章でまとめているが、その中で直近5年間で外国人労働者は108万人から172万人へ64万人(59%)増加し、労働人口(6676万人、2020年「労働力調査」)の2.58%と、その急増ぶりを示した。また外国人労働者を雇用する事業所はこの5年間で17万事業所から27万事業所に増えているが、中小零細の事業所が外国人を雇用するケースが多く、それが労災増加につながっていることも示唆する。
2020年の労働災害の発生状況については、休業4日以上の死傷者が4682人。2016年2211人、17年2494人、18年2847人、19年3928人と右肩上がりで大幅に増えている。労働者1000人当たりの20年の発生率は2.7と全労働者の2.3を0.4ポイント上回っている。死傷者を業種別にみると、製造業2273人(49%)と建設業が797人(17%)で3分の2を占める。製造業の比率は全労働者(20%)の倍以上だ。
死傷の発生状況を分析すると、「はさまれ・巻き込まれ」1035人▽「切れ・こすれ」587人▽転倒605人▽墜落・転落375人―—など。全労働者の分析と比べると、「墜落・転落」の割合は低いが、「はさまれ・巻き込まれ」や「切れ・こすれ」が全労働者の比率の2倍を超えている。
「手引き」では、労災事故を防止するための「安全衛生教育」をはじめ、「健康管理」や「作業管理」「就業制限」などについて詳述しているが、注目すべきは第2章で「安全衛生管理とコミュニケーション」を取り上げていること。職場でのコミュニケーションの重要性を指摘し、「言葉の壁」を超えるための日本語教育の必要性とともに、「やさしい日本語」の活用を強く促している。
「やさしい日本語」は1995年の阪神・淡路大震災をきっかけに注目されるようになった。震災による兵庫県内の外国人の死亡者は199人で比率が3.1%と人口比の1.8を大きく上回った。その原因として指摘されたのが外国人への情報伝達の在り方。災害時には日本語以外の情報がほとんど存在せず、避難や救援物資の支給、医療などの情報が外国人に伝わらなかったことが被害の拡大、大きな混乱につながったと分析された。
緊急事態が発生した時には即座に多言語で翻訳することは困難。アジア系の外国人には英語も十分に伝わらない。そこで伝達手段として考えられたのが「やさしい日本語」だ。「英語はわからないが、やさしい日本語なら理解できる」と言う在留外国人が少なくないことが、その後の各種の調査で明らかになっている。弘前大学の佐藤和之教授(当時)は「防災のためのやさしい日本語」を研究し、その活用を推奨してきた。
「手引き」では、「やさしい日本語」を「防災から労災へ」と呼び掛けているわけだ。そのポイントについて①話し出す前に内容を整理する②一文を短くし、語尾を明瞭にして文章を区切る(「です」「ます」で終える)③尊敬語・謙譲語を避けて、丁寧語を用いる(ため口も避ける)④単語の頭に「お」をつけない(可能な範囲で)⑤漢語より和語を使う⑥外来語を多用しない⑦言葉を言い換えて選択肢を増やす⑧ゼスチャーや実物提示⑨オノマトベ(擬音語・擬態語)は使わない⑩相手の日本語の力が高い場合は「やさしい日本語」をやめる——―の10項目を挙げた。
さらに「やさしい日本語」は「日本語能力の未習熟な外国人とコミュニケーションをとっていくうえで有用なツール」とする一方で、「私たちが日常使用する『日本語』を『やさしい日本語』に言い換え、外国人の側に歩み寄るのは日本語を母語とする日本人であるということをしっかりと認識する必要があります」と述べている。
労働災害は、人的な被害だけでなく会社にとって大きな経済的な損失となる。外国人労働者の労災の場合には補償を含め対応が複雑になるケースがあり、事故があっても労働基準監督署に報告せずに「労災隠し」する悪質な事件が摘発されている。
「手引き」の作成を受けて東京労働基準協会連合会の滝澤成専務理事は安全衛生管理の講演で外国人労働者への対応に関して日本人の側が「やさしい日本語」を使うことの重要性を強調している。滝澤専務理事は「事業所のトップの認識が大事で、トップがやさしい日本語を使うようになれば職場全体のコミュニケーションがスムーズになり、労災の防止につながるはず」と話している。
にほんごぷらっと編集部