移民政策の先駆者・故坂中英徳さんを偲んで 第四話 「在日」は自然消滅
移民政策の先駆者・故坂中英徳さんを偲んで 第四話 「在日」は自然消滅
「在日は自然消滅へ」――1999年4月2日の毎日新聞夕刊。その2面の「特集ワイド」の欄に、こんな見出しが躍った。「結婚で同化、子供は日本国籍に」との見出しも。当時、福岡入管局長だった坂中英徳さんへのインタビューである。毎日新聞政治部に所属していた私(石原進)の署名入りの記事だ。
「在日」とは、特別永住者の在日(韓国・朝鮮人)コリアンである。約50万人いた在日コリアンが存在しなくなってしまう。なかなか刺激的な見出しだ。坂中さんは、その記事が政治問題化し、職を辞することになるかもしれない、と考えたという。私自身にも在日コリアン側からの抗議を覚悟した。坂中さんと私が、ともに「腹を括って」の記事掲載だった。
結果は、私のところに旧知の在日コリアンから電話1本があっただけだった。彼は「我々にとってきつい記事ですね」と語ったが、批判めいた話はなかった。坂中さんにも法務省サイドから「おとがめ」はなかったという。
なぜ、在日が「自然消滅」するのか。その答えをインタビュー記事から示してみたい。坂中さんの話を要約すれば、こういうことになる。在日コリアンの人口は1970年には約65万人いたが、94年に57万3000人、95年には55万8000人、96年には54万9000人と減少傾向が続いている。日本国籍を取得し帰化する人はこの20年間で12万人にのぼり、日本人と結婚する人も増えた。その子供は日本国籍を取得するから韓国籍・朝鮮籍の人が減るわけだ。坂中さんはインタビュー記事の中でこう語っている。
「このままいくと、在日の韓国籍、朝鮮籍の人は毎年1万人ずつ減っていく。あと数十年以内にはほとんどゼロになってしまう。実際にはゼロということにはならないでしょうが、消滅に近い状態になる。誇張して言っているわけではなく、20年たてば20万人、50年たてば50万人は確実に減るわけです。在日の人にはちょっとショックな話だと思います」
在日の人たちが日本国籍を取得する理由は、1984年の国籍法・戸籍法の改正に求めることができる。法改正によって、国籍取得が父系主義から両系主義に変わり、日本人の女性と結婚したコリアン男性が日本国籍を取得できるようになり、先に指摘したようにその子供も日本国籍を選択できるようになったのだ。在日コリアンの中でも進んでいる少子高齢化の波を国籍法・戸籍法の改正が後押しする形で自然消滅の流れができたわけだ。
ちなみに2023年の韓国籍、朝鮮籍の特別永住者は28万1000人である。坂中さんが指摘した通り、在日はこの30年で約30万人減っている。このまま減り続けると、21世紀の半ばには特別永住者はゼロになる運命だ。
だとしたら、在日の人たちはどのように生きればいいのか。坂中さんは、「朝鮮半島への思いや民族意識とかをこれまでのように持ち続けていくことはないでしょう」と語る一方で、在日コリアンとしてのアイデンティティーを持ち、帰化しても「本名を名乗って出自を明らかにして日本社会で生きていく人がかなり出てくることを期待しています」というのだ。
日本人の血をもつ日系人は、南北アメリカをはじめ世界には約400万人(海外日系人協会調べ)いるという。その中で多くの日系ブラジル人などが日本にUターンしている。海外で暮らすコリアンは日系人以上に多いと見られ、その中で日本に住むコリアンを「韓国系日本人」と呼んでもおかしくないはずだ。「韓国系」が増えていることは、本名を使う元コリアンが目につくことからもわかる。
在日コリアンの動向を注視してきた坂中さんは、在日と日本人の人口減少を重ね合わせ、その差異について考えた。在日コリアンの自然消滅は、坂中さんらしい鋭い論考である。その背景にある特別永住者の日本国籍取得を促進させる法改正は、日本政府の意識的につくられた政策だ。政府は、時代が変遷する中で、制度としての「特例永住」の役目は終わったと考えたのかもしれない。
坂中さんは「多文化共生」でなく、「多民族共生」という言葉を使う。「多文化」というと、日系人やアジアなどの「多様な文化を持った外国人」をイメージする。これに対し「多民族」というのは、「国家を基盤とした様々な民族」を連想させる。民族としてのコリアンに見守ってきた坂中さんだからこそのワーディングだ。
なお、「在日は自然消滅へ」の毎日新聞のインタビューに、私は「坂中論文」に関する解説記事を加えた。在日コリアンの安定した法的地位の付与から日本国籍取得の道筋を提起した論文だ。坂中さんに言わせれば、「大手紙で初めて坂中論文を評価した記事」だったという。その中で、私は「在日の人たちは21世紀を迎え『国籍』と『民族』のはざまで、新たな問題を背負うことになりそうだ」と書いた。在日コリアンとしてのアイデンティティーは、どう引き継がれていうのだろうか。
(石原進)=つづく