やさしい日本語とAI翻訳が出会う時 その1 やさしい日本語が総務省にたどり着くまでの道
- 2019/6/10
- 多文化共生, 時代のことば
- やさしい日本語, やさしい日本語ツーリズム
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やさしい日本語とAI翻訳が出会う時。
その1 やさしい日本語が総務省にたどり着くまでの道。
総務省は2019年4月19日、「デジタル活用共生社会実現会議」報告書(以下「報告書」)で「多言語対応・オープンデータの推進等」の中に「多言語音声翻訳へのやさしい日本語活用」を明記した。法務省に続き、国政レベルで「やさしい日本語」の価値を認めるようになったことは大変な進歩である。こうした進歩の道をこのコラムを通じてお伝えしたい。
2014年に発足した「2020年オリンピック・パラリンピック大会に向けた多言語対応協議会(以下「協議会」)」は、「言葉のバリアフリー」と「ICT(情報通信技術)の活用」を掲げ、公共サインなどは日本語・英語+ピクトグラムを基本とした上で必要に応じ韓国語・中国語・その他の言語での併記を進め、口頭のコミュニケーションは多言語音声翻訳ツール(以下「AI翻訳」)を活用するという形で多言語対応に取り組んでいた。
当時小平市から東京都に出向し協議会事務局を担当していた萩元直樹氏は、リオデジャネイロ2016パラリンピック視察中に、総務省の関係機関である情報通信研究機構(NICT)が開発した多言語音声翻訳アプリ「VoiceTra」を現地とのコミュニケーションで使ってみたところ、かんたんな日本語で入力すればポルトガル語でも十分翻訳できることに気がついた。そこから萩元氏は防災減災・公文書言い換えなどで研究が進んでいた「やさしい日本語」に注目し、ICT活用での連携を進めようと考えた。
そして2016年12月の協議会の「多言語対応・ICT化推進フォーラム」で「やさしい日本語の可能性」というタイトルのパネルディスカッション開いた。パネリストにはやさしい日本語研究の権威である弘前大学佐藤和之教授と一橋大学庵功雄教授、現場で導入している横浜市幹部に加え、当時柳川市でやさしい日本語ツーリズム事業を立ち上げた私も招聘された。「多言語対応」というテーマでやさしい日本語が取り上げられたシンポジウムは、初めてだったと思われる。
当時私は日本人側が言葉を調整することの意義を伝えるのに精一杯だったため、万能感で語られることの多いAI翻訳には否定的だった。しかし「やさしい日本語」に、どのように言葉を調整しどのように相手の理解を検証するか、そしてどのように継続的に学ぶ場を提供するか、ということに限界を感じ始めていた。さらに、「やさしい日本語」で「仲良くなる」ことは可能だとしても、命・人権にかかわることなど重要な情報については、プロの通訳やAI翻訳を使ってでも相手の母語を保障することが必要だと考えるようになった。
そして改めてVoiceTraに注目したところ、実はやさしい日本語のトレーニングツールとして最適であることに気がついた。そして2018年の日経BP「グローバル人材2018」で、「AI翻訳は『やさしい日本語』で使いこなす」という講演を行なった。これ以降、私の講演はすべてこの多言語対応の枠組みの中で話している。
この講演の直後に、小平市に戻っていた萩元氏から「『やさしい日本語×多言語音声翻訳』をテーマに、小平市の住民がVoiceTraを使って地元外国人・訪日外国人と交流する企画を実施する。初回はNICTからも講師を呼ぶので、やさしい日本語ツーリズム研究会として講演をしてくれないか」との依頼があり、受託した。萩元氏は小平市に戻ってからも自らの構想を着々と練り実現のために尽力していた。そして私はこの講演をきっかけにNICTとも直接面識を持つこととなり、AI翻訳活用に関する知見も増えていった。
小平市での一連の取り組みは、内閣官房が進める「beyond2020」の優良事例として選定された。時期を同じくして、私の活動に注目し「やさしい日本語」をゼミ活動にも取り入れていた明治大学国際日本学部の山脇啓造教授が、総務省のデジタル活用共生社会実現会議のICT地域コミュニティ創造部会委員となり、小平市の事例を総務省の事務方に紹介したところ、萩元氏自身が部会メンバーにプレゼンをする機会を得た。これが今回の総務省の方針決定に大きな影響を及ぼしているのは間違いない。
萩元氏は多言語対応・ICT活用の視点からやさしい日本語に行き着き、私は日本語教育から派生したやさしい日本語から、多言語対応や言語保障の新しいあり方に行き着いた。これら2つのやさしい日本語は、本来基準や性格が違うものである。
そもそもこれまで国政レベルでやさしい日本語が取り上げられてこなかった理由の一つに、定義があいまいで法制化にそぐわないということが挙げられる。しかし総務省は報告書でやさしい日本語について「その性質上、多言語音声翻訳システムと親和性が高く、(中略)多言語音声翻訳の精度向上が期待できる」と明記した。今後やさしい日本語は、日本語を多少でも理解するかしないかに関わらず、多言語対応のための重要な考え方として新たな発展を見せていくことだろう。
吉開 章